長い眠りからそろそろ目を覚まして始めてみるかなぁ…。

我が国でもコロナウイルスが大型客船🚢や、北海道での観光客からと思わされる発生等から始まり、外出自粛の呼びかけがあり、これまでにあまり例のない事から対応もままならなかったのか、あっと言う間に一般の人から見ても何でこの状況で検査して貰えないんだ❓、こんな便利な時代なのに❓と皆さん思ったことでしょう。

非常事態宣言も出され毎日テレビの番組は朝から晩までコロナ・コロナと・感染者の数の報告から始まり対策の仕方等が番組の主流になった。三密(密閉・密集・密接)やマスク使用も私たちの間にも浸透して来た。3月から教室も休みにしました。毎年4月に行う『民謡の集い』稲城民謡連合会主催のイベントも役員会で中止の案を出したら、あちこちの大会も中止、中止とニュースになって、国や都での報道が更に身近な事となってしまった。

時はあれども動きはとれず、ひたすら慣れない手つきでマスクを作り、フェイスシールドも作ってみました。夏場を考えてマスクも生地についてテレビやネットから知恵を拝借・・。最近はテレビも(報道)2メートル離れたらマスクを外しても良い等・いろいろ結果がわかってきたようです。

今は非常事態宣言も解かれ、東京アラート解除となり、ステップ3も終了、これから各自の判断のもとにコロナと向き合う対策を行ってください。といった内容が報道されました。イベント等も全てokとの事から教室再開決定しました。

思えばあれから4ケ月、貴重な体験と言って片付けるには大きな問題が沢山あって・・学校も休校が続き、こんなに長い間の休みとなると、友だちとも話したいとか、皆んなはどうして居るか等の声も聞こえてきました。子供たちも普段ならもっと休みたいと思うだろうが、こんなに長い休みとなると今後の事等の心配になって来ているようです。学校もオンライン授業等が始まりました。話サラリーマンも職種によってはテラワーク等今後浸透するでしょう。私も、まずは少しずつ前に踏み出す事を決めました。会員さんからはLINEやメールなどで再会を約束していただいております。これからはむしろ更に身近に忍び寄って来るかも知れない事を気にかけながら、防御措置を心がけての生活をして行く様になることでしょう。

4月の北海道に続き、6月墓参の為の秋田へ行く予定も中止にした・・。

4月北海道に続き6月の秋田行きも中止にした・身内の顔を見に行く予定でしたが今の状況(非常事態宣言)不要不急の外出を控えるようとの事ですので…又の機会があればと考え中です。

日頃なかなか出来ない事、家で出来る事をと思って、夏に備え家中のクーラーの掃除を行いました。4個はなかなか大変でしたが・・。ベランダメダカの水槽の清掃をやったら、いやはや足腰痛いのなんのって、いっぺんにやり過ぎたので…。ジャリや土の洗い分けをしたので、朝から晩まで2日かけてやりました。

コロナ、コロナと言われているうちに桜も?終わり路肩のツツジが小さな赤い花を見せ始めました。我が家のベランダメダカも動きが少し早くなって来ました…。昨年の水草の根を少し整理して入れ替えや、砂利を洗ってビオトープの真似事をしています。

 

稲城民謡大会中止(令和2年:第41回大会)

第41回稲城民謡大会中止

新型コロナウイルス?発生拡大の為中止を決定した。

北海道から始まり、東京都が当面の対策として3月15日までのイベント自粛を都民に求めた…その後政府が小中高の休校・自宅待機・その後専門家会議の見解として3月19日に更に政府から3月いっぱいの自粛・又、イベントは主催者側のリスクの判断をして戴く・・との事をふまえて、役員会は中止を決定した。

つとむ会は3月いっぱいのお稽古を中止しました。4月から再開する事を伝えました。しかし、場所によっては出来ない所もあります。又、今後更にロックダウン(都市の封鎖)となれば又、お休みとなるかもしれません。

私達は結局、今のところ5月6日まで教室を休みとしました。都市封鎖にはならないまでも、毎日の感染者数が増える一方ですので・・今後いつまで続くか『非常事態宣言』が出された今、私たちに出来る事は不要不急の外出を控えるといった事を守る事が唯一残された手段のようだ。早く治ることを祈らずにはいられません!

 

故郷の姿をもう一度眺めて見るかなぁ〜

4月に78才を迎えるにあたり・・

✳️今年は田舎の風景をもう一度見たい等と思い計画を練っていたが、田舎暮らしの親兄弟もいない今、何を見に行くのかと思う事もあるが…。心に残る山川・今は大分様子が変わっているのに・…。何故か子供の頃の山川は目に浮かぶ・。

⭐️時期を6月に設定して1週間位、イベントを終えてすぐに出かけ移動手段は飛行機✈️、新幹線?と考えていたが、現地着いてから思う様にならず・・と考え結局は車?と思い直し、取り敢えず地図ナビを検索して途中の宿を調べる…ところが・・

⭐️新型コロナウイルス?が発生してその対策が日毎緊迫した状況・世界中への感染が広がり、その死者数も海外では何千人とか・・大型クルーズ船?が日本??着岸し、乗客が感染しているとの事・毎日テレビが状況放映している。

⭐️私も仲間達と行っている教室も、3月いっぱい休みとした。私が会長を務めている稲城民謡連合会の大会も、先日中止を決定した。

⭐️オリンピックも1年延期が決定・・津軽三味線コンクールも延期とか。これからまだまだイベントの中止や延期があるでしょう。

⭐️私の望郷感も薄れて行き、今に完全自宅待機?にならないとは限らないし・・。昨夜は都知事の緊急発表で今週末は出来るだけ自宅待機する様との要請があった。

⭐️そんな訳でコロナ騒ぎも手伝ってか、今更・故郷(古里)でもないか..浦島太郎か?・知っている人も少ないしなぁ?自分に言い聞かせ、この騒ぎが収まったら、ゆっくりと近場を観光する事に等と自分に言い聞かせています。

⭐️今日は朝から近くを散歩して桜?を見て来た。ここ数年は車で通り過ぎる時眺めるだけでした。早く平常通りに戻って欲しいものだなぁと願わずにはいられない…。津波、震災、原発、台風の影響を受けて今も苦しんでいる方々、いやそれに更なる新型コロナウイルス被害、と思うと自分たちに出来る事といったら、外出しない・ジッと自宅待機?しかない。決めた・!。

 

故郷実家の跡地を見に・・

6月末ごろに自分の実家(廃家)を見届けに行く予定・・。

★実家はもう廃家になっているが、墓を守っている姪っ子夫妻がいるので、墓参のついでに挨拶をして、本家の佐藤正一郎さんの家にも顔を出して挨拶をして、下唐松、上唐松の墓や、高瀬川や、唐松神社、回るのはレンタカーのつもりなので、軽井沢、仙道、板戸、松沢、坂ノ下、蒲生、鴻屋、田代、門前、など昔とどう変わったのか等をこの目でしっかり見て来たい。見たところでどうなるものでもないが、子供の頃の記憶が・・

見たところでどうにもなるわけではないが・・。

★子供のころの記憶が、あの山はどうなっているか・・田んぼはどうなっているか・・。幼いころの思い出とはこんなにも鮮明な記憶として残るものなのか・・。兄たちや、地域の子供たちと遊んだ記憶・・りんご畑の番小屋で、りんごの番をしたり、畑にまいた大根の芽を雀から守る番をしたり、畑の草むしりを言いつけられては、日中の暑いうちは番小屋で休んでいたり・・。

キノコ採りや魚釣り、民謡を唄いながら教えてくれた・・。

★キノコ採りはばあちゃんにおそわり、魚釣りは兄貴たちにおそわり、唄も兄たちの歌っているのをまねしては覚えた。短いとはいえ夏の暑い時は川に泳ぎに行った。いや、私は、魚を捕まえるのが趣味だった。川の向こうには当時は丸太の橋だった。萩、桔梗、女郎花、などお盆にはお墓に備えるもので良く取りに行った。盆踊りも西馬音内盆踊りは有名だが、当時は各地で盆踊りが賑やかだったので、西馬音内盆踊りまでは行ったことがなかった。乗り物もないしね・・。

山深い集落の朝は霧の深い日が多かった・・。

★夜は星空がきれいで、流れ星、太いほうき星を見た事もあった。今なら『何とか流星』などといわれ新聞に載ったりするでしょう。朝ドラで炭焼き風景を見ては、友人が炭焼きの手伝いをしているのを見た事もあったし、自分が唄う民謡の、津軽よされ節の一説に『空行く雲の色見ても、谷間流れる水見ても、秋の深さを思わせる、一人眺める峰の月』炭焼き暮らしの様子を唄った詩を思い出します。

盆踊りが盛んだったなぁ・・。

★農家の休みと言えば盆と正月位だった。それぞれの集落では盆踊りは楽しみの一つでした。唄の上手い人たちが歌い・・太鼓の上手い人はたたく・・。大人も子供も楽しんでいた。今風に言えば婚活の場でもあったのかもしれない・・。他の村から迄踊りに来ましたね・・。『ハアー唄え踊れよ、叩けよ太鼓よ、月の月の世界に届くまで』との歌声は今でも耳に残っています。遅くまで過ごしても・・それでも次の日は朝早くから草刈をしては、背負ってくるのを見ました。馬や牛の餌で、当時は貴重な戦力でした。だから馬小屋、牛小屋は自宅と続いておりました。『南部の曲がり屋』はいつも家畜には目配り出来る場所で、餌もいつでもあげられるからね・・。

兄たちはもういないし、知っている人も少ないし・・。

★今度の6月は私にとっても最後の帰郷の旅となる事と思います。首都圏羽後町会という会があり、羽後町出身者の集う場所が東京では毎年あり、自分さえ都合が付けば、開かれるその日に行けば雰囲気に浸る事はできます。しかし今回の旅は、自分の心に現在の故郷への思いを見て覚えて、現風景は原風景として・・昔の思いは心の奥にしまっておこうと考えています。『昭和は遠くなりにけり』から『平成も30年』も過ぎ今や『令和2年』です。地球温暖化で雪は少なくなり、野菜に影響が出る、米は取れる場所も少しずつ変わってきた。住みにくい世の中になっては来た様に思いますが・・残りの人生を楽しもうと思います・・。日本人の寿命は大分長くなっている。女子90才~男子80才は当たり前の時代です。昭和の苦難を過ごして来た人々よ・・・しぶとく生きて楽しもうではありませんか・・。

 

 

 

令和元年後半から、2年稽古始め・・

令和元年後半から、2年稽古始め・・

第11回目のおさらい会

★12月15日あきる野市野辺地区会館で行われました。普段着のコンサートと言った感じで、音響や舞台の設定などそれぞれ分担しながら、会員が率先して動き会場が出来上がり、10時半に設定した開演時間待ちになった。年々年を重ねる事で動きに不安を与えない様にとの配慮のつもりが、思ったより皆さんの協力の結果が早くて・・。早速反省・・来年は10時開演でも大丈夫ですねえ・・と話し合う始末でした・・。

★各自出番の進み具合を見ながら、なるべく皆さんの出番を多く作って、入会まだ1か月しかたたない方にも、歌で協力して頂きました。三味線の教室なので、伴奏の練習には、歌い手さんが必須です。各自に歌1曲は歌って頂くようにして、それぞれ弾く方、弾いた後で今度は歌の方に変わる方、音合わせと忙しく動き回るので、結構忙しくなるのはどこのおさらい会も似たところがあるのではないかな~といつも思い、来年はもう少し落ち着いて出来る様にならないかなあ~・・今年もその点は反省になるようです。とりあえず無事終わり、会場を親睦会(忘年会)の会場に早変わりの設定・・。これまた、皆さんの協力で・・。

★来年は来れるかな~などと言う方もおりましたので、私は『大丈夫ですよ・・』『あれから40年でよ・・』って言うと笑いながら『そうだねっ』って言う言葉が返ってきて一件落着・・。

北海道へ出かける・・

★北海道も兄貴の終末期の件で50~60回を超える位通ったが、一度も観光をし事がない・・。其のうち函館も知人の病院への見舞いでした。

★今回も用事で函館を訪れ、すぐ正月という事もあり年末帰省ラッシュになる事もあり、クリスマスの日には帰ってきました。

★函館の飲食店で食事の際チョット1杯と酒の小瓶をたのんだら、出てきた日本酒が私の口に合ったので、買ってきました。純米吟醸酒(知床番屋の酒)という酒でした。スッキリした飲み口で・・それ以来あまり飲まないのだから、わからないけど少しくらいはと思い口にしています・・。今度行く時は又買おうと思おっています。北海道のお酒・飲み比べ

飲み比べ用3本パックがあり、番屋の酒は1本売りでした。酒飲みではない私には、この喉を通った後のスッキリ感がいいと思った。

正月には子・孫たちが来ました・・。

★上の男の子は高校受験性です・・。下の女の子は今度5年生になる・・。来年は中学との事でそれぞれ大変になるとの事で・・『今年は暮れに行ってもいいかなぁ』との問い合わせがあった。今年の塾、最後の帰りに来た。このところ二人での生活に慣れていた私たちには、その目まぐるしい動きを想像してはいたが、急に4人増えるわけだから・・。動き、判断力、見るもの、聞くもの、の違いに付いていくのが・・。元旦の朝、今度はパパさんの実家へ行く予定との事で・・孫一家が帰って行った・・これから正月だね・・。元の生活に戻りホッとした会話の中で、お節と雑煮を頂き、北海道の酒『北風吹』をと思ったが・・まだ朝なので、これから車で出かける事があるといけないと思い・・お茶で今年も宜しく・・と言った感じでした。

今年第1回目のボランティア・・

★令和2年1月7日(火)1回目のボランティアを多摩市内の介護施設に・・年2回のご依頼で出かけました。今年も宜しくとあいさつを受けて皆さん張り切っておりました。出来るだけ皆さんの参加形式で昭和の歌謡曲などを津軽三味線のアレンジで大うけのうちに終わりました。又次回7月にお願いします。とのご依頼を頂きました。

★すでに3月・4月も依頼があります・・。

ホームページの手直し・・

★1月8日・・ホームページの手直しをこれから行います。これから少し時間をかけて、ホームページを少しずつ直して行こうと思っています・・。

1月26日㈰は章風会(日本民謡)の会の新年演奏会に参加します。

★章風会の会員で、私の会員でもある(女性津軽三味線バンド・蜜音)を組んで活躍している方が、4年ぶりにドイツから来日して、章風会の新年演奏会に一緒に参加する事になっており久々に顔見るのが楽しみです。又、どの様に三味線が進歩したか興味があります。又、半年ぶりに章風会の皆さんと顔合わせるのも楽しみです。今年も皆さんの歌や楽器と幸せを共に出来る事の喜びを心の内で願いながら楽しいひと時を過ごしたいと思っております。

??クリスマス会にイベントにて参加・・

クリスマスソングを弾く奏者

12月のイベントに、クリスマス会??を津軽三味線でというご依頼が2か所から入ってたので、三味線にサンタや鈴を下げて、『聖者の行進・オオスザンナ・ジングルベル・聖者の行進』と、津軽三味線の合奏を弾き『きよしこのよる・ジングルベル』の2曲を皆さんで歌って頂き、後は、いつもと同じように、

令和2年・稲城民謡大会役員会(1回目)

令和2年の稲城民謡連合会大会を4月19(日)に決定したのを受けて、新年第1回目の役員会を、1月25日に稲城市振興プラザにて夕方6時半より開催決定・・昨年は40周年記念大会でした。今年はどの様な形の大会になるのやら・・。まずは七会派の役員の顔合わせです・・。

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西日の当たる家のベランダメダカ

我が家のベランダで飼っているメダカは、6月から始まった産卵が今も続いております・・。

この暑い時期はさすがに無理かと思っているのですがまだまだ続くようです・・。

よしずをかけて少しは日当たりを遮っているのですが、なにせ連日の30数度ごえの暑さです。

どの位生き延びていってくれるのかなぁ~・・。

我が家の玄関は天気の良い日は、朝日が当たり扉は暑くて触れない場合もありますが、午後1時頃のなるとベランダに日が回って来ます。富士山に沈む夕日は良く見れます。しかし、夏は暑さでベランダメダカには、ちょっと大変・・また、冬は寒さでちょっと大変・・。