ブログ(ひとりごと)を開設しました。

ブログ(ひとりごと)を開設しました。

  • この度ホームページのリニュアールにともない、ブログ(ひとりごと)を開設しました。気まぐれなブログになってしまうかと思いますが宜しくお付き合いの程お願い申し上げます・・。

  • 昨年は私の故郷、秋田の実家がもう住む人が居なくなる事を聞いては居りましたが、もう家は取壊したとのお知らせがありました・。何となく話は聞いて居りましたが・・。前回訪れた時にもう誰も住んで居ない我が家を眺め、畑に大きくなった南瓜を見て、コスモス、百日草などが咲き、住人の居ない我が家を守ってくれている様でした・・。南瓜はこぼれた種が一人で育った物だよと言っていた・・。『故郷の廃家』とはこの様な風景を詩ったのかなア~とつい侘しい思いがよぎる一瞬でした・・。

  • 誰にも生まれた故郷があると思いますが、地方から上京して来た私には尚更・・・幼年時代を過ごした日々の想い出が急に遠くに行ってしまうのかなあ~と思うと・・。自分の年を振り返ってみたり、山川を思い浮かべては民謡の歌詞を書いております・・。

東京のマンションの窓から眺める富士山は私には鳥海山に・・

大東会で見る富士山は、秋田の鳥海山を思わせるし・・夜中にこうこうと照らす夜の月明かりに目が冴えて眠れず、思い浮かべるのは魚釣りをしては、親父に言われた『釣るより網で採った方が収穫が上がるよ』と言われた事や、歌うなら鼻唄はやめろとか・・腹から声を出せとか・・

秋の取入れ時期になると、夜業(夕食後の仕事)をすると『南瓜のいとこ煮』や『菜漬け』白菜の漬物にお茶が出て来る・。親父の優しい気遣いの一面でもあった。西の空を眺めれば、空が見えないほどの赤トンボ・秋茜と言うのはこうした情景を言うんだなあ~等と今更ながら・。

『月の灯かりに眠られず、霧の山川眼に浮かぶ、萩や桔梗に女郎花、盆の来るたび我を呼ぶ』実家の跡はどうなっているだろうか・・三つ子の魂百までとやらで・・何十年たっても跡地の様を見届けておきたい思いがこみ上げてきます。そこで育った兄弟たちの為にも『俺がちゃんと見て来たぜ』と言いたいような気がします・・。いやその前に墓参りだろうな~・・。

あまりにも多く詰まった日々の暮らしぶりが、又、今はいない兄弟たちの若かりし頃の、はしゃぎ回る様が眼に浮かび、長年思い出す事のなかった事が昨日のように思い出される・・。夢ならばいつまでも覚めずに、もう少し過ぎし日の想いでに浸っていたい・・。そんな時間に改めて懐かしさを覚えた一時でした。

最近の出来事の一つに・・

私が伴奏している方が、民謡民舞全国大会で優勝をしました。何回か大会に出場をご一緒しましたが、今回は歌い終えて舞台を降りて来る途中・・気持ち良く唄えたと言っていたのが印象的でした。私も何となくやるだけはやったという感じでしたし・・後で仲間が結果発表を見に行って来て、両手で頭の上に輪を作り優勝だよ・・と言って来た・・。本人もびっくりの様子でしたし・・私も役目を果たした感じでした。太鼓担当の方も肩の荷が下りたと言っていた・・。